一大ブームとなったラグジュアリースポーツウォッチが定番化した後、新たなトレンドとして注目されているのがドレスウォッチだ。かつては使いにくいところもあったこの定番ジャンルは、現在は実用性を伴って、劇的に進化している。そんな新時代のドレスウォッチを、『クロノス日本版』2024年1月号(Vol.110)で再考した。その特集記事をwebChronosに転載。本記事では、具体的なモデルをケーススタディーに、このジャンルをひもといていく。今回はNAOYA HIDA & CO.だ。
ケーススタディー:NAOYA HIDA & CO.
NH TYPE 1D-1
NH TYPE 1D-1
1940年代から50年代のドレスウォッチを思わせる新作。オメガ スーパーコピー代引き 優良サイトしかし単なる復古調でないのは、さまざまな年代の優れたディテールをまとめ上げたため。いわば今までのドレスウォッチの集大成的存在。職人技と今の加工技術、そして飛田直哉氏の知見が結実したモデルだ。手巻き(Cal.3019SS)。18石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径37mm、厚さ9.8mm)。5気圧防水。約10本限定。291万5000円(税込み)。完売。
「NAOYA HIDA & CO.」が製作する「NH」コレクションは、好事家が製作する、好事家向けの時計という印象が強い。量産では実現できない凝った外装や、極端に少ない生産数を考えればなおさらだ。しかし、このニッチなコレクションは、その実、ドレスウォッチとしての基本を十分に押さえたものだ。今や時計好き以外にも訴求する「NH」コレクションの魅力とは、ドレスウォッチの集大成と言うべき、巧みなパッケージングにある。
NAOYA HIDA & CO.「NH TYPE 1D-1」
創設者である飛田直哉氏は、自らのコレクションをドレスウォッチとは明言していない。しかし、彼が一貫して良質なドレスウォッチを好んできたことを考えれば、その創作は、自ずとドレスウォッチ、あるいはそれに近いものになるだろう。
1940年代以降、長らく時計業界のメインストリームであり続けたドレスウォッチ。その造形は、市場の要請や技術の制約により大きく変わってきた。しかし、最新鋭の工作機械により、今や、どんな造形も再現できるようになったのである。半面、フリーハンドでデザインできるようになった結果、過去に存在していたドレスウォッチとしての規範は失われつつある。
NH TYPE 1D-1
「NH」コレクションではおなじみの洋銀製文字盤は、表面をわずかに荒らし、手作業でブレゲ数字を彫り込んだもの。極めて立体的な18Kゴールド製の針と併せて、クラシカルさを強調する。しかし、こういったディテールは1940年代から50年代の時計には存在しなかったもの。なかったものをあったかのように錯覚させるところに、本作の巧みさがある。
NAOYA HIDA & CO.のユニークさは、過去に存在していたドレスウォッチ(あるいはそれに近いもの)の多彩なコードを丁寧にまとめた点にある。好例がここで取り上げる「NH TYPE 1D-1」だ。時計全体から受ける印象は、1940年代から50年代のドレスウォッチ。しかし、随所に見られるディテールは、必ずしもこの時代のものに限らない。
多角形のねじ込みを持つ裏蓋は、40年代から50年代の防水ケース(例えばボレル)に見られたもの。そして大ぶりなリュウズは、大径ムーブメントが主流だった30年代から40年代のデザイン要素だ。ケースに融合したNH TYPE 1D-1のラグは、年代を問わずドレスウォッチを特徴付けるディテールだが、40年代から50年代のラグはメーカーを問わず、かなり細かった。60年代以降、一部ドレスウォッチのラグは広くなったが、それに伴い造形も直線的に改められた。曲面を持ちながらも、幅の広いNHTYPE 1D-1のラグは、明らかに2000年代以降のものに分類できる。しかし、2020年代以降のドレスウォッチほど、短くは切られていない。
内側をえぐったコンケーブ状のベゼルも、1980年代から90年代の高級時計に見られたディテールだ。平たいサファイアクリスタル風防を採用すると、どうしてもベゼルの厚みが増してしまう。そこでパテック フィリップなどは内側をえぐったコンケーブベゼルを採用することであくまで視覚上でだが、時計をスリムに見せようとした。今の時計で採用するのは、ほかにモンブランやIWC、カルティエぐらいだろう。
NH TYPE 1D-1
側面のディテール。904L製ケースは、かつてのステンレススティールと異なり、かなり色味が白い。明るい18Kイエローゴールドとのコントラストは今までのドレスウォッチにはなかったものだ。古典に倣ってラグは長め。また昔風にラグ全体ではなく、終端を腕方向に向けて大きく落とし込んでいる。多角形のねじ込み式裏蓋も今ではかなり珍しいディテールだ。
ほかにもある。外周を一段上げた文字盤は、40年代から50年代の腕時計にはまず見られなかったディテールだ。ギヨシェ文字盤には存在したもののNH TYPE 1D-1のようなシンプルな文字盤での採用例はない。また、インデックスに用いられたブレゲ数字も60年代から70年代にかけて瞬間的にリバイバルしたが、基本的には腕時計以前のディテールだ。さらに言うなら、極端に立体的なリーフ針も、腕時計のドレスウォッチには存在しなかったものである。強いて挙げると、80年代から90年代のパテック フィリップなどには、近い針は存在した。しかし、これほどの立体感を持つ針は、懐中時計の時代にさかのぼるほかなさそうだ。微細加工機で切削すればこそ、の豊かな造形である。
かつてありそうで、しかしかつてない造形を持つ「NH」コレクション。年代を超えたドレスウォッチのディテールを無理なく共存させたという点で、本作は、腕時計ドレスウォッチのひとつの集大成と言えるのかもしれない。ドレスウォッチのスタイルが出尽くし、そして、そのコードが失われつつある今だからこそ、時代を超越したその造形は、時計好きたちの感性を強く刺激するに違いない。